どう考えたって木嶋佳苗が殺人犯であることは間違いないのに、肝心の物証がない。状況証拠は完璧に揃っているのに。 毒婦木嶋佳苗は獲物から金員をせしめると途端にガードが甘くなる。証拠隠滅に格別の努力が払われない。後始末がずさんになる。にもかかわらず3件の殺人事件で物証が挙がらなかったのは警察がいずれも事件性を疑わず初動を誤ってしまったためである。普通に保全できたはずの殺人の証拠がことごとく散逸してしまった。残念でならない。 彼女に似た女を知っている。長い間その内面を推し量りかねていた。自分にとってブラックボックスであった。本書を読んでいささか得心がいった。わかるはずのないブラックボックスであるということが「わかった」のである。 佐野眞一氏にだってわからないのだ。どうして凡庸な俺に毒婦の行動原理などわかるものか。 人間性などはなからないのである。そういうタイプの人間がいる。背理であるがそうとしか言いようがない。その現実、現物が本書に活写されている。