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甘い。ハズレ。  

三体0【ゼロ】 球状閃電

 面白かった。 ゼロとか言っちゃってっけど三体とは関係ないわけだし三体ほど面白いはずがないでしょ? でもまあ消化試合として読んどくかくらいの不遜な気持ちで読み始めたらこれが素晴らしく良かった。 三体とほぼ関係ない話とはいえ構成なり要素なり包含する人間観、思想には三体と重なる部分が多くある。球。三次元拡張した点粒子。目。視線。観測。殺らなければ殺られる。殺られる前に殺れ。傲慢なファッショ軍人。 「神様の介護係」は三体三部作を短篇に凝縮して語り切った(そんなことが可能なのか? 天才劉慈欣には可能なのである)超傑作であったが、本作もまた分量内容共に引けを取らぬ傑作であったのは間違いない。 身辺に手榴弾やらナイフやらチャラつかせて相手の反応を見る、臆病を笑う、マウントを取るヤンキー並みの下品な振る舞いから林雲という女は初手から印象が悪かったがまさに彼女がクライマックスでクローズアップされる。メンヘラですよと。トマスウェイドの女版という趣があるが、これは答え合わせにもなっている。なぜ彼があんななのかということは謎のまま死神永生は終わるが、ここに林雲の人生という形で回答が(長回しにも見える濃密さで)語られている。 頁が尽きたとき疑問に思ったのは「え? 父の描いた塔の謎は語られないまま終わるの?」。政府の極秘プロジェクトに関わりながら息子にはそれを秘してきた両親、それがあのとき避けられぬ死を覚悟して息子に語るべきすべてを語った(そして予想通りに殺された)その種明かし、全貌が語られるものかと予想していたのだが、青い薔薇で終わってしまった。 地下坑道の雷球実験から演繹されるSETI結論も思考実験として面白かった。観測者ゼロ環境において確率雲が出現せず一点に収束した。それはつまり観測者(人類以外の)がいるからだ、という形の地球外生命体存在立証。これ、再現性が実際にあるのでは?

「グリーン・ゾーン」Green Zone, 2006.

 午後ロー220918の録画。 「君らはあいつらと違って米国の良心的部分かもしれない。しかしそれがなんだ。この国を決めるのは俺たちだ。そうだろ?」そういうことを仮託した人物であることはわかる。だが「大局を見通せない近視眼的直情的、愚かなイラク一般大衆その代表」とこちらには見えてしまう。フレディーよ、そんなことしてなんになる? ミラー隊長の努力すべてが水の泡。徒労感。 ペンは剣よりも強くなければならないのにそうでないので彼は剣をとる手でペンを走らせた。最後まで諦めず食い下がったミラーの頑張りは良かった(それだけにやはりフレディーが馬鹿過ぎ。お前なにがしたかった?)。映画化しにくい素材(ノンフィクション)をうまいこと疾走感あるドラマに仕立てたグリーングラス監督の手腕は称えたい。俺はファンなのだ。 でっち上げならそもそもイラク軍人の協力も口封じも必要ない気がするんだがどうもそこらへんはよくわからなかった。

「ダーティハリー5」The Dead Pool, 1988.

 午後ローの録画230803をいま頃観た。 後半のラジコンでよおやっと気付いた。俺これテレビで複数回観てるわ。 つまり記憶に残るほどの印象が前半にないからだろう。リポーターといい仲になる過程が結構タルい(イーストウッドが実際女をコマすやり口のリアリティーがあってそれで余計に気持ち悪い)。 「こんなキチガイいねえよ」といままでだったら一笑に付していたクライマックスだが俺たちはもう京アニ放火犯(これは俺の脚本だ! アイディアを盗みやがった!)を知っている。時代と狂気を正確に先取していたのだ。 でもさあ、改めて思う。ラジコンが追っつけるわけねえじゃんw