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10月, 2019の投稿を表示しています
SKOS、goodの音楽。 追悼ロバートハンター。 1962LSDスタンフォードCIA。潜在意識と直結。 つき出し、小芋煮たの。 孫の手の瞬間。 浅いも深いも。浅漬け。古漬け。 65歳行き放題。 War Paint.
SKOS、分かる音楽・分からない音楽。 ネタバレバラカン。 パットマルティーノ。 えげつない。がな。ぎょうさん。みえます。読んどるがな。じゃん。じゃけ。イリノイジャケエ。オムスケムスデムスおむっしゃいませおむいなあ。 わかっちゃいるけどやめられねえ。親鸞。 背が高くて、大きくて、分厚い。 わかってないなあ。 何をなすべきか。 ジャズ、二千円、スルメ、コスパ。 音痴。

村上春樹『ノルウェイの森』

いま頃読んだ。 むう、よかった。意外なほどよかった。 賞取ったり人気高かったりすんのも当然だなと思った。いま頃。 もっと若い時分に普通に読んでりゃよかったなと思った。食わず嫌いせず。 文学に効用を求めるべきではないけれど、我が貧しい青春のみっともないエピソードを6割くらいは減ずることができたのではないかと思う。村上春樹を読んでおくことによって。 アスペ。メンヘラ。虚言症。いま読んでもいささかも色褪せないどころか、今日的な要請に十分応える内容。 登場人物がみんな好ましい人物なのも、なんというか、村上春樹の人柄なのだろうか。突撃兵ですら俺には愛すべき人物に変貌していった(彼の失踪原因が気になる)。永沢先輩も好きだなあ。本物の悪人であれば彼は思いやり深い好人物を演じることができるはずで、だが彼はそうしなかった。ある種の誠実を彼なりに貫いていたのだろうと思う。それは老獪とは程遠い青い努力だ。 それにしても痛快だ。芥川賞だエラいひとだと褒めそやした連中はたとえ買い求めたとしてもたぶん2,3頁も読まず、そのおかげでこれが本当に届くべき青年子女はおおっぴらにこれを書架に置き自由に読むことができる。父母公認に読むことを推奨されたりする。この笑うべき状況には村上本人大いに哄笑したのではないか。こうなると俗な賞の冠もあながち馬鹿にできない。 ワタナベ君が物置から自転車や机やを引きずり出し丁寧に補修する場面に特徴的だが、彼の真面目な学生生活とそのトリビアルな叙述は "What a methodist man Philip Marlowe is." を想起させる。これはたぶんハードボイルドの文体なんだろう。 突撃兵が途中でいなくなることは白鯨の黒人少年に似ているし(つまりそんな男は最初からいなかった)、冒頭印象深く始まる寮の国旗掲揚儀式も、その思想云々よりも「毎日決まった時間に決まったことを機械仕掛けに繰り返すことに執拗にこだわる」性格、症例の描写としてたぶん必要だったのだ。 つまり、突撃兵も寮監のふたりも、ワタナベ本人の第2人格ではなかったか。「これがまたおかしな奴でね……」とワタナベは自分自身の話を直子や緑、レイコさんに語っていた可能性があるのだ。もはやサイコスリラーであるが、突撃兵本人に彼女たちは会っていない。彼女たちからすればワタナベ
「バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生」。日テレの録画でいま頃観た。 なんかこう、ねえ。 バットマンとスーパーマンを咬み合わせる。スーパーマンを最後とりあえず殺しとく。そういうゴールを設定した時に出来上がる脚本の、まあまあ出来の悪い方の見本。そんな感じの映画だったなあ。 ゴール地点に到達するまでの見せ方が説得力欠け欠けでねえ。「話聞いてやれよ」とか「他にうまい方法あんじゃない? 三人も雁首揃えて、君らチームプレイもできんのか」とか、もう呆れるやら退屈だやら。 ベンアフレックとジェレミーアイアンズのバットマンコンビはなかなか良かったので、このキャストで次回作撮ってくれるのはいいと思う。マント男なしで。もう現代に蘇生はできないよ、タイツ男は。 DCコミックスもろともお弔いするにふさわしい、そういうみすぼらしい映画でしたね。 MCUのさわやかさ、勢い、面白さともう比べもんにならない。 エンドゲームを百点とするならこれは12点くらいかなあ……とかぼんやり考えてたら、みっすぼらしいキャンドルの葬列を見るに至って考え直しました。2点だ2点。 ダークナイトで一発当ててしまったことがDCを変な沼に突き落としちゃったんだろうね。何が善なんだ。悪とは。とか厨房の悩みに自己陶酔してる間に、アヴェンジャーズはどんどんと先に、どんどんと大人に成長してしまった。「悩んでるふりしてる暇があったら動け、闘え、この怠け者」と。キャップに至っては完全燃焼、引退までしてしまった。
SKOS、自分の名前の音楽。 追悼、ジンジャベイカ。 ヘロイン。クリーム。 ジャークオムラ。 「私はグルーヴィーです」 ハードフォークエンケン。 ウランバートル、立ち入り禁止寺。
「アパルーサの決闘」、午後ローの録画を観た。結構なおばちゃんだな。昔の映画かよ。往年の単純な西部劇だね。とか思ってたらこれがミスリードなんだね。ああいう昔風のおばちゃんをヒロインにキャスティングしたのは、一旦そう思わせる作戦。 単純どころか、とても風変わりな西部劇。 エドハリスいい映画作るなあ。スターリングラードなんかよりこれ全然いいよ。 西部劇だけど西部の話じゃないんだよねこれ実は。人生。正義。男の意地。男と女。女性不信の映画でもある。俺は共感しましたね。こういうのに共感する俺は勿論あんまいい人生は送ってない。

新海誠「君の名は。」

星を追うなんたら で「新海誠はもうだめだ」と見限っていたのだが、「君の名は。」まさかのビッグヒット。ほんとにおもろいの? と疑って先延ばしにしてきたが、テレ朝の録画いま頃見たら意外にも良かった。なるほど、これは売れるわ。 「大林の二番煎じかー。何をいまさら」と思ったらこれ、うまいことミスリーディングだったんだよね。やられた。まさかね。単純な入れ替わりじゃなく、三年ずれてたのがキモ。 そしてこのズレによりうまいこと「やりなおし」ができる。うまいこと考えよった。 「秒速5センチメートル」のセルフリメイク、ブラッシュアップ、メジャーアップデート版という感じかな。共通するいくつかの要素がある。 ミュージックビデオというフォーマットへの着目。 婚約指輪。 代々木界隈への執心。 そして勿論違うところも。何より、ハッピーエンドになった。ふたりはもう外れものじゃないし。 自分が作りたいもの、から売れるもの、へ。劇場映画としてのクオリティーを確保したものへ。その作戦なり狙いなりがドンピシャにハマったのだろう。 確かに。5cmはいい作品だけれどメジャー受けはしない。男は傷つきボロボロになってもなお蒼穹に夢を追い女は現実と賢く握手、なんて、俺は大喜び、大爆笑だけどラブストーリーとして大衆が受容するはずがない。 中央線快速と総武線各駅停車の並走邂逅。感動的なクライマックスであると同時に野暮な疑問もある。瀧は御苑越しに東京タワーを望める結構いいマンション住まい(俺の推測。四ツ谷の公務員官舎住まいという情報もあり、それは彼が新宿駅下車の高校に通う事と符合はする。しかし最初の邂逅時夕刻、四ツ谷で中学生の瀧は下車しないし乗ってるのは代々木にも止まる各停)。その彼が新宿駅から(これも俺の推測)中央線に乗り代々木を通過(ただし快速からはスレート壁で隔てられて代々木駅構内は見えないはず)後並走する総武線のみつはに遭遇し新宿駅で下車(これは画面から確か)し四谷須賀神社方向に駆け出すのがちょっと解せない二重に解せない。俺はなんか勘違いしてんのか?(瀧の乗ってたのが快速でなく山手線の可能性もあるが、それはそれでまた別の矛盾が生じる。)彼の下車駅が四ツ谷なら千駄ヶ谷からくる彼女との中間地点が須賀神社でちょうど符合するのだが。まあどうでもいいけど。「そういうトリビアルな指摘はこのド
SKOS、異色と異端の音楽。 追悼、ヨンリコスコット。絵。 ジョンコーエン、ロバートフランク。 For Paul Allen. チャールズアイブズ、生前。 シモンバルトボディービルダー。 いのうえともえボネスキ。 黄玉。 トリスターノ、クラシックテクノ。 ユザーン録音、うざーんさん。 クルアンビン。 ピアソラ。
SKOS、時計の音楽。 奄美アイヌ。 まれうれう。 リチャードトンプソン改宗。 駅、親時計。 懐中時計。 怒りに近い熱量。光線出てる。熱視線を言葉で払う。 お店に時計がない。 鯛の子。とびこブーム。数の子。筋子。白子。ぶりこ。グレコ。 琵琶湖腕時計。