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バルジ大作戦

「コンラード。この世界はけして我々をお払い箱にしたりしないぞ」 「でも。それじゃいつうちへ」 「ここが、俺たちのうちだ」 ナチ流の蛮行を憎む聡明な合理主義者と見えた独軍戦車部隊指揮官ヘスラーが、実は三島、ヘミングウェイばりの特殊な嗜好に生きる者であると判明するシークエンスが秀逸。 彼は戦勝を目的としない。止むことなき戦闘状態。男だけの世界。制服を身に付け永遠に戦場を駆け巡ることがこの男にとっては至福の境涯なのだ。

ねこタクシー

http://www.nekotaku.info/tv/ 首を傾げる件りがないわけではない。コントラバスの少年は「僕ちょっと変なんです」とか言ってる場合じゃなくて精神科を受診したほうがいいし、教師の寵を得ることが受験を、将来を決定するという学校観は歪んでいる。老人介護職に無限の奉仕、最高の倫理を求めるのもそれこそ非倫理的な要求に見える。 しかし、御子神さんと山下リオ。この発狂しそうなかわいらしさ、美しさをフィルムの上に永遠に焼き付けたその営為だけで、多少の瑕疵などすべてが吹き飛ぶ。このドラマ製作は人類史に残る偉業である。 「初めて乗ったタクシーが、父さんの乗ったタクシーなんて、おもしろいね」 「そうだな」 このシーンの静謐な美しさはリドリースコット「ハンニバル」の「音のないパトカー、ヘリコプター」に匹敵する。 威張らない。子どもに向かって聞いたふうな口を叩かない。自信なく今日もおどおどと日を送っている。俺にはカンニング竹山演ずる間瀬垣さんこそがむしろ理想の父親に見える。人間の常態に見える。彼のようでないおとなたちこそ、むしろ内心の不安を圧し隠して日々虚勢を張り、ある日その馬脚が顕れる幼稚なこどもに見える。 最終回の展開には唖然とした。それこそ気が触れそうになった。いや、気が触れた。 あまりにつらい。残酷に過ぎる。 エンディングテーマがフル尺でかかる。せめてもの救いである。 御子神さんはちゃんと生きていた。またもや崩壊を前にした場所で。それだけは救いである。 崩壊しかけていた間瀬垣家はその紐帯を取り戻した。ここはもう大丈夫、と、御子神さんは次の崩落現場に移動した。そして触媒よろしく彼自身は何事をなすこともなく、ただ御子神さんに触れた者の方が勝手になにものかを回復していくのである。

Season 3 第七話 目黒区駒場東大前のマッシュルームガーリックと牡蠣グラタン

http://www.tv-tokyo.co.jp/kodokunogurume3/story/index.html でもうまそう。うまそうやなあ。ええやないか。たこやき。ええやないか。  ならば、店名かんむり系かあ。  いま俺の中は、夏のパン祭りだ。ぼrrらーちょ。ぼrrらーちょ。 脚本、田口佳宏。 演出補、井川尊史。 監督、宝来忠昭。

中川淳一郎、『ネットのバカ』。

シベリア

スーパーにこういう値段で投げ売っていたのは、そしてそれに出くわしてしまったのは当然「今日お前はこれを食うのだ」という神の指令である。買わざるを得ない。食わざるを得ない。 うーん。 羊羹がねえ。 これが小倉餡なら、つぶあんなら、おいしくなるのになあ。 それじゃどら焼きじゃん。 つまりですな。おれは羊羹はたぶん好きなことないし、このお菓子は俺には失敗ということです。 むかーし食った時もおんなじ感想を抱いたんだよな。それは今回も、「風立ちぬ」を観たあとでも変わらなかったということです。 当時にあってももしかしたら「甘すぎ」とか言って一般に嫌われていたのだったりして。 まずい、とまでは言わんです。でも積極的に食いたい味じゃない。

プロメテウス

映画館で、みんな思っただろうね。あの「焼く」とこで、決定的になっただろうね。「これ、バカ映画だ」って。顔面蒼白になったんだろうね。 映画館までわざわざ観に行ったひとたちかわいそうだ。いまこうしてブルーレイ買って観た俺もかわいそうだ。 焼くの、いきなり焼くの、おかしいよね。なに考えてんだ、あのいちばん綺麗な姐ちゃん。 だってさあ、他にたぶん百以上オプションがあるだろう状態でですなあ、「これしかないのよ! 焼くしか、焼くしかないのよォォォオッ、エレクチオーンッ!!」って瞳孔全開でテンパッて火炎放射器の引き金引いちゃうの、おかしいでしょ。 でもこれたぶんリドリーの演技指導ついてんだろうね。監督の確信犯なわけだよね。役者もスタッフもみんな「これおかしくない? 変じゃない?」って思ってんだろうけど、天才リドリーの指示にみんな黙々と従ったんだよ、きっと。 変だけど、変だから、このあと映画急展開に狂っていくもの。多少面白くなるもの。 時間軸としては、つまりこの後日譚なわけね。エイリアンは。ノストロモ号は。ちんぽキャノンの謎がこうしてつながったわけだ。 あの、なんか、「つながらない、こことこことここがおかしい」って頑張って論証してる向きがあるけど、あのねえ、八割あってりゃもういいでしょ。残りの二割に重大な、決定的な齟齬が隠れていたとしても、もういいでしょ。 もういいの。これは前日譚なの! 決定! いろいろつながらないとこはあえて無視するの。それがおとなの見方なの。自分の脳で映画の至らぬところは補完してあげればいいの。 映画に限らないの。大体でいいの。そういうもんなの。 リドリー自身が絶対言うから。「あの。映画だから。そんな真面目に観なくていいから」って。 人類史に残るミッションだというのに搭乗員の殆どは目的も知らないまま寄せ場で手配師に集められた連中、着てるものは週末ヨーカドーの特売で買った普段着、というのはエイリアンフォーマットのお約束。もちろんいい伝統です。宇宙だから銀色全身タイツ、っていう固定観念をゴミ捨て場に廃棄したのがスターウォーズと並んで映画エイリアンの一大功績。 宇宙船内に結構でかい講堂が複数ある、というのも今回付け加わった、意表をつくいい意匠ですね。 秘宝で「なんでそっちに走る!」とみんな怒ってたその理由をよおやっと知った。...