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進撃の巨人



あんまり評判なんで今月くらいからTVアニメを見始めた。ああ、みんな騒ぐはずだわ。面白いわ。事情よくわからないけど。
まさかあの姐ちゃんがねえ。へえ。びっくりした。

でっかい男女が裸で殴り合う姿は紛れもなく幼児の目から見た夫婦間暴力(と混淆した性交)の図で、観る者にプリミティブな感情を喚起せずに置かない。

リヴァイ兵長という人が人気なのもわかる気がした。戦歴と尚武を誇る単純な軍人ではない。怜悧な計算のできるひとではあるが、どんなに最善の軍事行動を採ったところで所期の成果が得られる保証はない、その戦場の現実を知っている。それだけ戦場で充分に傷ついている。「どうせなるようにしかならねえ」。職業軍人である以上に虚無主義者である気味あいが強烈な魅力を放っている。

みんな西洋風の名前で西洋中世のような社会で暮らしているのに、なぜ三笠は三笠なのだろうか。これも高度な伏線なのか。それともそこに一片の意味もありはしないのか。

(131017追記:#04を見たら氷解。お話しはちゃんと順番通りに観ないと駄目だね。
 あのエピソードは重いし、作品の最重要テーマでもあるよね。)

悪夢のような階級社会(ただし男女平等)を正当化している常時臨戦体制。スターシップトゥルーパーズとおんなじ世界。この設定はたぶん作品の本質で、王都、王政、そして巨人(化できるという魔法のような不思議な能力。それを可能にしているテクノロジー)の謎、それらの伏線であると見たが、果たしてこれからどうなるか。


130930追記:
あはは、見始めた途端に終わってしまった。
最終回、力(リキ)入ってたなあ。
巨人の殴り合い、っちゅうことでコーティングされてるけど、絵柄はどう見ても淫楽殺人、スプラッタ、ポルノフィルムだよこれ。
逃げる裸の女を執拗に追いかけ、殴り、四肢を、頭を引っこ抜き、肉を食い千切る裸の男。
「いいの!?」とか思った。
第二期が楽しみ。
「アニメ用に線を減らすべきだったのに」なんて、作業量に圧し潰されそうな現場アニメーターの声をネット上で目にしたことがある。今度はしんちゃんの絵で、しんちゃんの作監(湯浅政明)で動かすといいと思う。

誰の筆になるものだろう。小説「784年」も、すごく面白かった。小品ながら読み応えがあった。

なんか、アニーはアニーで事情あるんだね。その謎の解明も、楽しみ。

エルヴィン団長麾下の調査兵団は「繰り返し使用できる核爆弾」を手に入れてしまった。謀反の意思ありやなしやに関わらず、支配権力はこの突如強大化した軍事集団を放置するはずがない。自らの生存を確保する方策として、調査兵団は最高権力奪取を強いられることとなるだろう。

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