古典SFの名作をいま頃初めて読んだのは三体一部二部の解説で言及されること多かった作品だからだ。で実際読んでみると三体は言うに及ばずその他の重要な作品にも影響を与えていることが明瞭に見てとれる。銀英伝。ナウシカ。まあ俺がわかったのはそんくらいだけど。
そして田中芳樹も宮崎駿も影響を受けつつ独自の偏向と解釈で銀河帝国の興亡をリライトしているのが面白い。
そう、リライトなのだ。ファウンデーションはその意匠、カウル、外皮がさすがに時代的制約を受けて古臭く(原子力=人類究極の万能エネルギー。マイクロフィルム以上の記録手段を発想できない限界)、しかし物語の発想、根幹自体は古びることない、時代を超克した力強さにあふれている。だからこれに触発された有能な作り手が「俺の手でいまの時代に活きる俺のファウンデーションを!」という気になるのはすごくよくわかる。
田中芳樹自身にその経験がなくとも学生運動の季節、思想、感性が作品に与えた影響は明瞭に見て取れるし、また、宮さんからすれば何でもわかった風な預言者ハリーセルダンがひとつの傲慢の象徴、打倒すべき肉塊として西方の果てにあるそれを征服破壊する話になる(つまり帝国、人類文明の復興なんて理想に宮さんは与しない)のもうなずける話だ。
そして三体においてもハリーセルダン役はむしろ三体皇帝側に付与されている感がある。そして、その絶対倒せない強大な力や公理(宇宙社会学。黒暗森林理論)を超克するものが果たしてあるとしたら? 劉慈欣の情熱もその造型に能く注力されているように思うのだ。
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