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6月, 2021の投稿を表示しています
 
 
 

「三体Ⅲ 死神永世」感想3

本来伝えるべき情報を指しているのは、第一のメタファーの上に乗った第二のメタファーということになる。 二層メタファーが示す意味がこれでまちがいないことを追認するために、もうひとつ、メタファーを支える一層メタファーがつけ加えられている。 一作目で三体の物語はフラクタル構造であることが示唆された。であれば、雲天明の物語と同じ構造が雲天明の物語を語る物語に存在する構成となっていても不思議ではない。 程心とガンイーファンの愛の巣もまたあまりにひとつの童話然としていることに気付かないか。 ここに閉じこもって日々を穏やかにひっそりやり過ごせば僕らは新しい世で自由な生を謳歌できる。 これは旧弊に窒息しそうな統制国家から亡命した知識人のアナロジーにも見えないか。彼らは祖国を見限り、崩壊後の新時代に期待を寄せている。 だが、新時代の到来を安全地帯から座して待ち滑り込むことは果たして可能なのか? 物理的に。或いは倫理的に。 そもそも自身がそこに身を投じ関与しなければ、新時代そのものを期待できないとしたら? それは思い上がりか? 自己の過大評価か? 宇宙の総質量とビッグクランチに仮託して知識人、力ある者、或いは人間すべてのあるべき倫理がそこに語られているようにも思える。 長大なヴォリュームで語られたエピソード、思想、アイディアは他にも枚挙にいとまがないのだが、以下簡略にまとめておきたい。 残念だった点: 1. 史強の不在 残念です。また会いたかった。まあ、史強の代わりがトマスウェイドなんだろうね。 トマスウェイドはいいキャラクターだったね。凶暴な極悪人なのになぜか律儀に約束は守る。これもなんか理由があんだろうね(劉先生が作ってあるに違いない設定を知りたい)。 2.木星のスペースコロニー 必要だったんですかね、あのコロニーめぐり。三体読書中珍しく「飽きた」。結構退屈。 誤発令シャトル奪い合い事件なんかもそう。要るかな? って思った(ただし、アイエイエイにも最後に罰を与える、その口実として要る段かなとは思う。程心が雲天明の運命を最初何も考えず踏みにじった、その罰を受けねばならぬのと同じに)。 3. 終盤、ああいう運命に持ってく手付きがやや乱暴、作為的に見えた。デスラインが危険なら遠くから認めた瞬間踵を返して帰ればいいし、アイエイエイをひとり残したのも不自然。 良かった点: 1. 光速ド
 
 ジャーマンポテト(リュウジのレシピで作った)。おいしいけど、メシのおかずではないね。

「三体Ⅲ 死神永世」感想2

   では、宇宙は、生命によってすでにどれだけ変わってしまっているのだろう?  どれほどのレベル、どれほどの深度で改変がなされているのだろう?  圧倒的な恐怖の波が楊冬を襲った。  すでに自分を救うのは無理だとわかっていたものの、楊冬は思考をそこで停止して、心を無にしようとつとめた。だが、新たに浮かんだ問いが、どうしても潜在意識から離れなかった。  自然は、ほんとうに自然なのだろうか?   上巻の頭で提示されたヤンドンの問いは正鵠にこの世の真実を射抜いていたことが下巻で明かされる。秒速30万キロの光速。物理定数にはなんと「理由」があるのだ。 宇宙は無垢の自然ではなかった。 三体Ⅰを読んだとき「ああ、物理定数の話ね」と前半で思った俺はあながち間違ってなかった。後半それがミスリード、ひっかけ、マジックとわかる展開ではあったが、三部作を通して見るとヤンドンはソフォンマジック以上の深淵に気付いたからこそ恐怖したのだ。 文革の話で始まるⅠだったが、Ⅲ上巻巻末「雲天明との対話」もまた文革的、現代中国をいまだ支配するなにものか的であった。対話の途中で黄信号が灯る。黄信号をすっとばして赤が点き後部座席の水爆が起爆する場合もあるよと脅されている。 中国配信のNHK映像が突如ブラックアウトするあれを想起する。 もういませんよと「公式にはアナウンスされた」ソフォンをなおも警戒し何気ない日常女の子会話で誤魔化す程心アイエイエイ。監視社会下における庶民知そのものである。 家に着くまでが遠足であるように、三体は巻末解説を読み終えるまでが三体だ。Ⅲは大森望の訳者あとがきに先立って藤井太洋氏の解説もあり、これが劉慈欣のひととなりをおそろしくよく伝えるものになっている。 国家副主席の祝辞があるのでネクタイを締めてくるように、と招待状に書いてあったような大会で、半袖のデニムシャツとチノパン姿でふらりと歩いている男性を一目で劉慈欣だと気づけたのは、ヒューゴー賞をとってからの一年で劉慈欣をメディアで見ることが増えていたからだ。  カジュアルな格好で登壇した劉慈欣が浮いていたことは否めないし、主役を押し付けられて辟易しているようでもあったが、訥々と語られる言葉は次第に力を増していった。 作品を通じて伺われる作者像、その考え方は「敵をなめない方がいい」だし、楽天的な未来を語り民衆を鼓舞(焚きつける、と

「三体Ⅲ 死神永世」感想1

  上下巻読むのに都合二週間はかかったなあ。 もう面白くて面白くて、読書に充てられる時間は全部ぶっこんだね。Ⅰ、Ⅱの時と全く同じ。 それでも、「まだあるのか。まだ終わらないのか」と多少唖然とはした。三部作いちばんのヴォリュームだ。 最初の大ネタでもうつかみよるつかみよる。未来技術、謎SFアイテムに一切頼らない、現行科学技術のみで可能な有人()宇宙船の光速加速。俺はたまげたよ。なるほど! 確かに! しかし、なんでこんなこと思いつけるんだ!? SFファンのみならず航空宇宙関係者も顔面蒼白、真面目に驚嘆したはずだ。劉慈欣、もはや科学者(或いは軍師、軍略家)として認知されてしかるべきだろう。 雲天明の人物造型がまたよい。究極のハードボイルドとはこれだ。俺は恥じたね。コンビニで店員さんに「袋お願いします」言える程度には存在する自身の社交性を。雲天明ときたら…… 「ぼくは宣誓しません。この世界で、ぼくは除け者だと思ってきたし、楽しみや幸福もほとんど味わったことがない。愛情だってそうだ」 「でもぼくは、この宣誓をしません。人類に対して自分がどんな責任も担っているとも認めない」 「ぼくはべつの世界が見たい。人類に対して忠誠を誓うかどうかは、ぼくが見た三体文明がどんなものか次第だ」 徹底した孤独者の凄み。こんなかっこいいヒーロー、見たことない。SFギミックのアイディアのみならず、この度外れた人物造形もまた劉慈欣の魅力なのだ。 「彼は一匹狼です!  あんなに内向的でひねくれた人間をほかに知りません。周囲の社会に適応する能力をまったく持ち合わせていないのです」 「それこそが五号の最大のアドバンテージになる。おまえの言う社会は人類社会だ。この社会にうまく適応できる人間は、社会に依頼心を抱いている。そんなやつを人類社会から切り離して、まったく異質な社会に放り込んだら、ほぼ確実に致命的な精神崩壊を来すだろう。そのタイプの典型的な例がおまえだ」 こう喝破したトマスウェイドもまた異彩を放つキャラクターだ。PIA長官、と書けば、このPIAがCIAの星間戦争版とすぐにわかる。マイナーどころで言えばジャックキャノン。有名人で言えば元KGB長官ウラジミルプーチン。彼のモデル? と見紛うような人物が実際の情報機関に必ずいる。そういうタイプの狂犬。 「前へ、なにがあろうと前へ、だ!」 さて、そのウェイ

進撃の巨人(34 最終巻)

  やっと完結した。 NHKのインタビュー(二年くらい前のだったか。先般再放送してたけど)で諫山創氏が語っていたそのことが実に腑に落ちる結末だった。曰く、社会、天下国家、そういうことじゃなく、実は自分のパーソナルな問題意識を作品に込めたのだと。 これあれだね、九州男児の話だったんだね。 ワイフビーターの苛烈な暴力に、それでも母よなぜあなたは耐えるのですか、と。 諫山の家がそうだったかは知らない。たぶん違うだろう(村ではむしろ珍しい知的な家庭ならではの相克はグリシャとジークのそれに投影されているかもしれない)。しかし、壁のような山々に囲まれた大分の集落で九州男児の気風と無縁に彼が過ごせたはずはない。 なぜ? と少年諫山は、青年諫山は、アルミンよろしくその心に刺さる棘を見つめ続け、意外な回答を得たのだろう。 不合理、因習、苛烈な差別を支えるその根本には愛がある。「女は黙っとれ!」と声を荒げ拳を振り下ろす逞しいワイフビーターに、母は心底惚れているのだ。 俺が感じた最終巻いちばんの魅力。やはり最後もこれで締めてきた。アルミンの得意技、ダイハードイズムだね。「考えろ、考えるんだ。考えることをやめるな!」。絶体絶命の、勝てっこない絶望状況、圧倒的な暴力にアルミンは徒手空拳、ただただ思考それのみで立ち向かう。 「道」で交わされるジークとの対話は究極の思想戦だ。人生とは何か? 生きる目的とは何か? この戦いでジークは考えを改める。確かに最後は死だ。どうせ最後はみんな死ぬ。だが、それがなんだと? クルーガーが、グリシャが、クサヴァーさんが、叛逆の巨人と化して加勢する件りは感動的。そのあとまさかの展開で「諫山さんどこまで意地悪なんだ! ハッピーエンドでもいいじゃないか!」と驚愕落胆しかけたがここでまた二転三転。物語は一応の大団円を迎えて俺は一安心した。 最後の最後にしかし一抹の毒は撒かれたけれども。 思ったとおりおまけ漫画スクールカーストは本編と地続きだったんだね(第30巻、エレンが首ふっ飛ばされて過去と未来が宙に舞う見開き頁左上に小さくゴスミカサ、下衆アルミンが登場している)。 空爆はこの映画館を出た直後の、ややこそばゆい幸せに包まれている三人をまさに襲ったのかもしれない。 ラストの少年は空爆の被害者、生き残りであり、デルタ型のその空爆機を差し向けた大陸の連中に復讐の炎を燃やしている