上下巻読むのに都合二週間はかかったなあ。
もう面白くて面白くて、読書に充てられる時間は全部ぶっこんだね。Ⅰ、Ⅱの時と全く同じ。
それでも、「まだあるのか。まだ終わらないのか」と多少唖然とはした。三部作いちばんのヴォリュームだ。
最初の大ネタでもうつかみよるつかみよる。未来技術、謎SFアイテムに一切頼らない、現行科学技術のみで可能な有人()宇宙船の光速加速。俺はたまげたよ。なるほど! 確かに! しかし、なんでこんなこと思いつけるんだ!? SFファンのみならず航空宇宙関係者も顔面蒼白、真面目に驚嘆したはずだ。劉慈欣、もはや科学者(或いは軍師、軍略家)として認知されてしかるべきだろう。
雲天明の人物造型がまたよい。究極のハードボイルドとはこれだ。俺は恥じたね。コンビニで店員さんに「袋お願いします」言える程度には存在する自身の社交性を。雲天明ときたら……
「ぼくは宣誓しません。この世界で、ぼくは除け者だと思ってきたし、楽しみや幸福もほとんど味わったことがない。愛情だってそうだ」「でもぼくは、この宣誓をしません。人類に対して自分がどんな責任も担っているとも認めない」「ぼくはべつの世界が見たい。人類に対して忠誠を誓うかどうかは、ぼくが見た三体文明がどんなものか次第だ」
徹底した孤独者の凄み。こんなかっこいいヒーロー、見たことない。SFギミックのアイディアのみならず、この度外れた人物造形もまた劉慈欣の魅力なのだ。
「彼は一匹狼です! あんなに内向的でひねくれた人間をほかに知りません。周囲の社会に適応する能力をまったく持ち合わせていないのです」「それこそが五号の最大のアドバンテージになる。おまえの言う社会は人類社会だ。この社会にうまく適応できる人間は、社会に依頼心を抱いている。そんなやつを人類社会から切り離して、まったく異質な社会に放り込んだら、ほぼ確実に致命的な精神崩壊を来すだろう。そのタイプの典型的な例がおまえだ」
「前へ、なにがあろうと前へ、だ!」
さて、そのウェイドの指摘通り程心は誰からも好かれる人柄と能力で人々の信頼を集め重職に就き、その任務がことごとく裏目に出るという壮絶な主人公。雲天明の真逆なのだ。
そのふたりが約束の星で再び巡り合うロマンチックラブストーリーになるかと思いきやなんとも意地悪というか鬱展開というか。これだけ長大な物語だというのになんだか実験小説のようにぶつりと切れておしまい。
そこがまた変で面白いんだけど。
雲天明、トマスウェイド、関一帆。程心にあえて男性遍歴を重ねさせる。これは女性読者へのむしろサーヴィス? などとも考える。いまどき純愛物語もねえだろうと。ハードSFにしてスペースならぬソープオペラ、昼メロ展開。
ソープと言えば石鹸ブネも面白かったね。
「曲率……」
いや、いくら小声でちょっと漏らしただけっつったって、それバレバレやん、モロやん、ってちょっと思ったけど。
ホーアルシンゲンモスケン、メイルシュトローム。ここで劉慈欣が埴谷雄高と同じくポオの使徒であることが明らかになる。埴谷雄高もまたポオのメイルシュトロームにオマージュを捧げた一篇をものしている(「虚空」)。というか、劉慈欣の博識、広範な守備範囲を考えれば、彼が「死靈」に触れていることだって十分にあり得ることだ。
生と宇宙の謎を解く。埴谷と劉のシンクロ率は実に高い。
虚体。三体。
暗黒速。黒暗森林。
死靈。死神永世。
黙狂の矢場徹吾。面壁者。映画。
自同律の不快、に相当する概念がいつか劉慈欣の作品に登場することも十分にあり得るだろう。
(感想、続く)
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