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「漁港の肉子ちゃん」2021.

230103、教育テレビでやったやつの録画をいま頃観た。 いやこれ大傑作だ。 背景美術の狂的なクオリティーに目を奪われていたら作品の凄さはそれにとどまらない。 境界知能。トゥレット障害。本人たちにも理由がわからない、クラスで自生する集団力学。売買春。月経。見えているのに見えないふりをしてきたものが次々に可視化されていく。 一人称の独白。これは純文学の文体、そのアニメ化だ。動画の中で文学が文学としてしっかり息づいている。その試みが見事に成功した初の例ではないか。もちろん西加奈子の原作がまず素晴らしいものであるのだろうが。 動物の声が聞こえるのはどういう意味を持つのだろうと思っていたらなんとそれはきくりん自身のつぶやきだった。乖離、の語が正しいかわからないが、流浪と貧困、過酷な現実から心を守るために編み出した彼女なりの防衛反応なのだろう。 美しい肢体を持つ絶世の美少女きくりんに対し二宮がまた素晴らしい美少年。そして思春期の二人が惹かれ合っているのはそれ以上の理由からである。ふたりとも周囲の普通から規格が外れている。そのことを互いに語り合える、わかりあえることの喜び。 抱えていた思いを全部吐き出したとききくりんは自分の醜さに気づき涙をこぼす。そのきくりんの姿は醜くない。醜さを自覚できる魂は醜くない。 監督は渡辺歩氏。フィルモグラフィーを見るに目を引くものは過去作にないがそれは俺がどらえもんを全く観てないからだろう。 アマプラ リンク
 マンダロリアン第一シーズン全8話を配信で観た。 最終話は殊に気合いが入ってたね。まさかのワイルドバンチ、地下水道。絶対見せないかと思ってたら案外簡単に顔見せたのも逆によかった。 「冗談だ。緊張をほぐすためにわざと言った」。あれほど毛嫌いしていたドロイドの覚悟に声を震わせるマンドー。侠気(おとこぎ)を見せるロボガンマン。 モフギデオン(ターキンの係累? 時系列的にいつ?)。ワルはワルでも格上のワル、余裕あるその凄みを役者さんが能(よ)く好演してた。やはり古武術の遣い手であったかと。 女剣士、絶対オーディションは「志穂美悦子似で」選んだとみた。子連れ狼含めあそこらへんのチャンバラが大好きなのだ。ファブローも、他のひとも。第四話は七人の侍だし。 第五話には北国の帝王を感じたね。「小僧、結局やさしさがなければ駄目なんだ!」と。 宣材スチルでしか見たことないあの「オオトカゲに乗った帝国軍兵士」の再現がガチファンムービーの情熱丸出しでよかったね。これをマンドーにやらすための第二話のさかなクン乗馬訓練だったわけね。 「有無は言わせん」おじさんかわいそうだったね。気が進まないのにマンドーに圧しきられて参加させられて。コムリンクで要らん指示しちゃったせいで傍受されてああいう羽目になっちゃったし(あれがなければおじさんは無事に船に辿り着けてた)。 スピーダーの二人組がグダグダなどーでもいい会話するとこはなんかすごくよかった。頭の悪い下級兵士感があってよかった。
 シーハルク第一シーズン全九話を配信で観た。 第九話冒頭の出来があまりに良いので、このフォーマットでまるまる一話くらい作って欲しいところ。旧TVシリーズの劇伴をそのまま使用して。 もちろん本作の新しさも悪くはない。正体ははじめっから割れてるというトニースターク(ロバートダウニー)が切り拓いたMCUの伝統。だからジェニファーウォルターズは放浪の旅に出る必要も低賃金労働に就く必要もない。 だがブルースバナーを見舞ったそれとは違えども彼女もまた試練と戦うヒーローもといヒロインだ。判然としないもやもやした敵だが終盤それは彼女を妬み憎むインセルボーイズの集会として明確な姿を現す。 毎回を締める水彩画がとてもよい。
 
 シャンチーを配信で観た。 ベネディクトウォン及びマー・ヴェル、バナー博士のいるシーンだけ良かった。そこだけが輝いていた。あとはもう。 話がおかしい。特にここがおかしい、と指摘する労すら厭わしい。全篇おかしい。おかし過ぎて退屈。真面目に観る気にならないのだ。真面目に観たらバカを見るから。 父ちゃん手紙なり口頭なりで言えばいいじゃん。母ちゃんに会いたいんでちょっとそのネックレス貸してくれて。無言でもぎ取ってく必要全くなし。 反省したこともある。映画にはなぜ美男美女しか出ないのか! そんなのおかしいじゃないか! 俺たちの現実と地続きの、普通の顔をした俳優をもっと見たい! なんて考えをかねてより持っていた私でございますが。 わたしが悪うございました。 俺の希望通りのキャスティングと言ってもよい映画がこうして現実にあらわれると……いやまあなんとも華がない。 兄妹、カップル、共に不細工! まあ普通の顔ですよ。それを二時間以上見せられるのがこんなにキツイとは思わなかった。 映画というのはやっぱハレ、非日常なわけで。そこにあって欲しいのはやはりそこそこの美男美女であったと。 俺はどうもいろいろ真摯に反省しなければならないようだ。
  ファルコン&ウィンターソルジャーを配信で観た。 最終回がとても良かった。 キャプテンアメリカとして覚悟を決めての堂々の活躍。テレビ中継もされる胸を打つ演説。そして彼、イザイアブラッドレイの名誉回復。これが今回いちばんの功績だ。記念館に彼を誘(いざな)うシーケンスは感動的。 白人のために作られた血塗られた帝国が合衆国なのであれば、俺たちはそれを簒奪し、俺たちの理想に沿って作り変えればいいではないか。それこそがまさにスティーブロジャーズが信じ、そのために戦ったアメリカだ。彼の盾を受け継ぐ意味だ。 しかしそこに至るまでの五話があまり華がないというか。毎回胸のすく活躍、という連続活劇にはなっていなかったので観続けるのに多少骨が折れた(だからこそ最終回が光ったのでもあるが)。 エージェントカーターが裏街道を歩き続けるのもなんだか。あのまま素直に名誉回復、めでたしめでたしでよかったんじゃないか。パワーブローカーいう裏社会になぜそこまで執心、義理立てするのか。 それはつまりスティーブロジャースと別れたことが関係しているのだろうか。それは今回まったく言及されていないよね。他のMCU作品で既に語られているのだろうか。 世界の半分が戻ってきてしまったことで問題が発生すると言う筋立てもどうなのか。それではまるでエンドゲームの、アヴェンジャーズの努力が余計なことだったみたいになってしまうじゃないか。 今回あの国浮き男が出ていることにも象徴的であるが、戦闘における巻き添え被害とか、そういうのをリアルに入れ込むとスーパーヒーローものは成り立たないでしょう。そこら辺はお約束としてあえて触れない、被害は出てないよ奇跡的に的な処理で良いのではないか。 合衆国軍人として大活躍のファルコンが漁船を買い戻すカネもないと言うのはちょっと解せない。どう考えても危険手当出てるでしょサムには。銀行に頭下げるまでもない。あそこら辺のファミリーエピソードは今回必要だったのだろうか。ちょっと盛り込みすぎだったのではないかと思う。 演説はマーヴェルファン、キャップファンに向けたそれでもあった。君らの中にだって相当数いるんだろ? 俺が盾を持つことを面白く思わない者が。キャプテンアメリカは金髪碧眼で当たり前だろうと(新キャップはまさにそういう役)。黒人の俺はその敵意も込みで引き受けるんだ、この盾をと。フィ...