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もうついていけません(鬼滅の刃)

第7話キブツジムザンまで頑張って観たんだけど、もうだめ。もうついていけません。

セリフ演出すべてが平板で書き割りで。つまらな過ぎてもう耐えられない。

映画でもなんでもそうだけどさ、いいもんってやっぱ作り込むじゃん。詰めるじゃん、設定なりセリフなり、いろいろ。鬼滅は逆なんだよね。あらすじのままネーム、作画に突入しちゃってる感じ。悲しい時には人物が悲しいと言い悲しげな顔をする。副音声映画だよね。すべてがただの説明。

進行も超スローモー。いらんセリフも多いし。退屈。

「駄目だ! 言えない」って、言わなきゃいいじゃん。格別言わなければ云々いう窮状に追い込まれてるわけじゃないし。

寝るといいんでしょ。なんで一緒に旅に出る? 箱に入れる? 爺さんとこに寝せといてやれよ。さっぱり意味わかりません。

「軽く作った。漆を塗って強化もした」いやだから寝せろって。

「うわあほんとに軽いや」いやだから。持ち運ぶなよ。しょって戦うなよ。

「暗示をかけたのじゃ」。いいの? こんなんで。まともな脳みそ持ってたらこんな御都合主義の時点で見放すでしょ。

竹のギャグボールいらねえじゃんなら。

鬼、っつっても要するにこれ殺人、人体破壊ショーじゃん。活動寫眞、ちゃんばら隆盛の時代となにも変わらない。人気の正体はそれよね。どれだけ民心が(子供に至るまで)抑圧されてるか。殺害欲求に溢れてるか。確かにこれは正真正銘大正、戦前レトロには違いない。日本軍国主義に突き進んだ精神の荒廃が現代に完全蘇生してる。

録ってあっけど残りは消す。もうどうでもいいや。好きなひとは勝手に見てください、だよね。


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