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マッドマックス 怒りのデスロード

 レンタルで観ました。  ガス。ワーラ。ミルク。ブラッド。液体の世界。 「そういう世界なの。」ということを受け入れられればいいんだろうね。  剣と魔法とかの映画ならああファンタジーねでスッと「その世界の仕組み」を受容できるだろうけど、マッドマックスの場合そういう明白な異世界じゃない微妙な立ち位置なので入り込めないひともいるだろうなあ。  まあ俺なんかもどっちかと言えばそっち寄り。「なんでごはん食べないの。ごはん食べようよ。おなかすいたでしょ」って気になってしょうがない。  侏儒。身体欠損。髑髏。異形。家畜人。サディズム。オブジェの世界。モーターワールドの澁澤龍彦。  車で爆走しながら殺し合うその殺人ショーがマッドマックスのテーマというか本質というかすべてなので、お話はそれにある程度の整合性、流れ、道筋をつけるためだけのつけたりなんだろうねえ。あんまりここはこういう意味でとか、フェミニズムがどうとか考え過ぎないほうがいいと思うけど、それが知的充実に繋がるひとはまあそうすればいいですよね。  つまんなかったかと言えばそんなことないけど、こうしてレンタルでいちど観ちゃうと「更にソフト買ってまでまた観よう思うほどじゃねえなあ」が正直なところ。まあ俺はあんまマッドマックスファンじゃないんでしょう。

チャッピー

 レンタル品は日本劇場公開版なので一度は見送ったのだが、我慢できずに結局借りてしまった。セルの方四千円と高いし。  残虐シーン好きというわけでもないから、まあ自分はこっちで良かったのかもしれない。 「暴力はやめろ! 暴力は許さないぞ!」と荒れ狂うクライマックスが素晴らしかった。ブロムカンプ監督、わかってるなーとうれしくなった。 「病院連れてけよ!」ってみんな思ったろうけど、俺も思ったけど、たぶん監督は人間に絶望しているのだ。人間は人間のままではたぶん救われない、と。マシンと合体するか異形のものとなるか、一度死んで次のところへ行くしかないんだと。  明敏な意識で社会改良の必要を毎回訴える作風だけど、その底に既に絶望、ペシミズムがある。  異形、異界の怒り、救いと言えば泉鏡花。鏡花と言えば帝都物語、実相寺昭雄。  ウルトラのスピリッツを最も能く受け継ぐ者が海外の監督であること、それはまた逆に日本のサブカル進化のありようを逆照射するものでもあるだろう。  日本ではそれが庵野秀明のようにしか現れ得ないのだ。  ドキュンとか教育とか貧困の再生産とか、そういうののリアリティーが完全に現実そのもので、いろんなこと考えちゃったよね。

ニーチェを読む。『善悪の彼岸』

 基本的なものを読んでない。海底二万里とか、小公女とか、ボヴァリー夫人とか。  お迎えが来る前になんか、そういう基礎文献、基礎教養的なものをできるだけ読んでおくことにした。  ニーチェなんてのもそれで、さて、ではニーチェのどれを読めばいいのか、その地点からもうわからない。岩波文庫の棚に並んでいるものの中からテキトーに選んで買ってみた。  感想はまああれですね、単なる保守親父ですねこのひとは。サピオとか諸君とかの執筆者というか読者というか。女とサヨクが大嫌いでその悪口を延々だらだらと書き連ねている。  哲学書、哲学者だと思って読んだのだけどエッセイだね。形式も途中急にツイッターみたいな短文の並ぶ章が出現したり、それがまた怨嗟日記の形式に戻ったり。思いつくままテキトーに書き散らかした感じ。そしてなぜか愛のポエムで幕を閉じる(これ伏線。あとで回収します)。 A:世界は我ら高貴な人間のためにある。愚民どもを使役、搾取してなにが悪いか。 B:環境が厳しければ厳しいほど人間は逞しく育つ。  主張は概ね上記二つであると思うのだけど、Bは明らかに余計なつけたりだ。ニーチェ先生下手を打っている。奴隷が苦しもうが死のうが知ったこっちゃねえんなら「厳しくするのはお前のためだ」は嘘、詐術だろう。  世界は残酷なんだ。強いものが生き残る。死にたくなかったら戦え。共鳴する人は多いのだろうけど、これ、人格として形象化すると「火事とか船舶事故の際女子供押しのけて出口に殺到する中年おやじ」なんだけどな。「どけどけえ! 優れた俺こそが生き延びなければー!」とか叫びながら。コーキ高貴連呼しといて、そいつぁああんま美しい図じゃない。  でも、字ヅラのみ追ってそのように批判を加えるのは実はニーチェを根本から誤読しているものなのかもしれない。  巻末解説に「貴族の青年との邂逅に胸ときめかせるニーチェ先生」の姿が記されている(前述ポエム、この青年に捧げられています。伏線回収、終わり)。口を極めて女を罵り、キリスト教を憎み、ギリシャアテネの理想を追慕する。勘のいいひとなら当時にあってもピーンときたのではないか。「ハッハーン……」と。「なーんだ、そういうことか。おいフリードリッヒ、持って回った言い方しねえで、ストレートに言ってくれりゃあいいじゃねえか」と。  まあ当時にあっ...

151016 孤独のグルメ season 5 第三話「杉並区西荻窪のラム肉のハンバーグと野菜のクスクス」

http://www.tv-tokyo.co.jp/kodokunogurume5/backnumber/ 「ハリラスープだけ食べに来るお客さんもいらっしゃいますからねえ」 それありそれあり。  がぶりっく。  あーうまかったー。 クスクス。 脚本、児玉頼子。 店主、伊藤かずえ。 監督、井川尊史。 久住「この……カサブランカジュースっていうのをもらえますか」

思い出のマーニー

 金曜ロードショーで初めて観た。全然期待してなかったので意想外に楽しめた。  まあ、自分の出自を全く知らないという時点で不自然ではあるけど、それ言い出したら映画が成立しない。  ジブリ版シャイニングとは多くの人が思ったであろう。  お母さんかと思ったらお婆さんだった。  あのなんとかいうキャンバス立てて絵描いてたひとはまあ彼女に教えられるまでもなくそれを知っているのだろう。  田舎のいいとこ嫌なとこ両方描いてるのがいいね。ふとっちょ豚言うてやったのは良かった。別に彼女アスペでもなんでもない。豚のほうが無神経に過ぎるのだ。  主人公が仮面うつ病というのもなんだかジブリらしくなくて良かった。こういう感じにいろいろ突破口拓いていくのもいいんじゃないか。  カネ、を話の肝に据えてきたのがなによりさすがだと思った。子ども向けだからと逃げずに。  いまリンク貼ろうとして気づいた。原作があるんだ。

151010 - 女性の音楽 -

女性二倍疲れる、悩み多い深い。ネーネーズ、no woman, no cry。ニューヨーク共演、指圧、光線。 店、休み。口も手もそうなってるのに。行った次の日のうなってる。 散髪オムライスエネルギー補填油。 「君王様やったら、王妃の意見聴くか?」「聴きます。国民の半分女性ですし」「毒殺とかするのおるやろ? 悪いのと組んで」「それはもう仕方ない」「何か買うてくれ言うの聴くか?」「聴きます。買います」「買うか」「そんなんで毒殺されても困るし」「買えるしな。王様やからたいてい」「さんま定食、アジの開き」「経費の範囲で」