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ニーチェを読む。『善悪の彼岸』

 基本的なものを読んでない。海底二万里とか、小公女とか、ボヴァリー夫人とか。
 お迎えが来る前になんか、そういう基礎文献、基礎教養的なものをできるだけ読んでおくことにした。
 ニーチェなんてのもそれで、さて、ではニーチェのどれを読めばいいのか、その地点からもうわからない。岩波文庫の棚に並んでいるものの中からテキトーに選んで買ってみた。



 感想はまああれですね、単なる保守親父ですねこのひとは。サピオとか諸君とかの執筆者というか読者というか。女とサヨクが大嫌いでその悪口を延々だらだらと書き連ねている。
 哲学書、哲学者だと思って読んだのだけどエッセイだね。形式も途中急にツイッターみたいな短文の並ぶ章が出現したり、それがまた怨嗟日記の形式に戻ったり。思いつくままテキトーに書き散らかした感じ。そしてなぜか愛のポエムで幕を閉じる(これ伏線。あとで回収します)。

A:世界は我ら高貴な人間のためにある。愚民どもを使役、搾取してなにが悪いか。
B:環境が厳しければ厳しいほど人間は逞しく育つ。

 主張は概ね上記二つであると思うのだけど、Bは明らかに余計なつけたりだ。ニーチェ先生下手を打っている。奴隷が苦しもうが死のうが知ったこっちゃねえんなら「厳しくするのはお前のためだ」は嘘、詐術だろう。

 世界は残酷なんだ。強いものが生き残る。死にたくなかったら戦え。共鳴する人は多いのだろうけど、これ、人格として形象化すると「火事とか船舶事故の際女子供押しのけて出口に殺到する中年おやじ」なんだけどな。「どけどけえ! 優れた俺こそが生き延びなければー!」とか叫びながら。コーキ高貴連呼しといて、そいつぁああんま美しい図じゃない。


 でも、字ヅラのみ追ってそのように批判を加えるのは実はニーチェを根本から誤読しているものなのかもしれない。
 巻末解説に「貴族の青年との邂逅に胸ときめかせるニーチェ先生」の姿が記されている(前述ポエム、この青年に捧げられています。伏線回収、終わり)。口を極めて女を罵り、キリスト教を憎み、ギリシャアテネの理想を追慕する。勘のいいひとなら当時にあってもピーンときたのではないか。「ハッハーン……」と。「なーんだ、そういうことか。おいフリードリッヒ、持って回った言い方しねえで、ストレートに言ってくれりゃあいいじゃねえか」と。
 まあ当時にあっては難しいことであっただろう。19世紀後半ドイツ文化圏、まさにキリスト教道徳のいまだ健在な土地、時代にあって。
 だからこそ、キリスト教(及びその完成形たる民主主義社会)批判が、わかりにくく屈折した形で執拗に繰り返されることになる。平等だの柔弱だの、ほんとはそういうことが不満なんじゃないくせに。

 光文社から新訳出てたんで、こっちのほうが読みやすいかも。でもまあ俺はもういいや。おなかいっぱい。




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