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「Returner リターナー」



 あんまりひどくて腹が立った。☆☆☆☆☆。零点。
 こんな演出の映画を二時間も見させられるんだよ。拷問だよ。録画をちびちび観るのも苦痛だった。
 論理的齟齬は映画、特にSF映画の常だから目を瞑るとしても、会話がもう絶望的に駄目だね。学芸会。脚本が説明的に過ぎるんだろうけど、それを金城武の悲しい演技力がカバーどころか強力にブーストする。
 彼がどういうひとなのか俺はよく知んない。あの、なんかあれだね。典型的な「黙ってればいい男なんだけど」な感じのひとだね。
 俺は鈴木杏の大ファンだからかなり下駄は履かせたいんだよ。それでもこれはもうね、いかなる擁護も不可能だよ。
 なんでこうなった。なんでこんなブスく撮る。
 ああ、それとも実際、彼女の頂点は六番目の小夜子時代であったのか。
 岸谷なんとかもバカで粗暴で、ほんとに不愉快なだけのドキュンだったね。まあ悪役ってそういうもんですが。

 山崎貴がえーえんのなんたらいうゴミ映画に起用されるのは自然というか正しいのかもしんないねえ。適任なんだろうねえ。人物に陰影も深みもない平板な話をSFXだけで見せる映画に。

 黙ってサーブすればそれでいいのに、訊かれもしないうちから料理薀蓄語り出す男。完全におっさん。山崎さんですよね、どっかからそういういっちょ噛みの知識仕入れたの。んで風呂も入ってない山出しの猿女がアホの子のようにアルデンテアルデンテ連呼。もう貧乏臭くってしょうがない。
「全部解決したらさ。わたし未来に戻っちゃうんだよねきっと」。なんですかそれ。何ルール? 時空ってなんか人間とか物語とかの都合とか区切りとか斟酌してくれるもんなの? んで実際そうなっちゃうという。なんだこりゃ。
 って、うんざりしたとこ腹立ったとこ挙げてったらキリないよね。もうやめます。



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