スキップしてメイン コンテンツに移動

パシフィックリム

http://wwws.warnerbros.co.jp/pacificrim/

うーん。期待デカ過ぎたなあ。
最初の5分ねえ、良かったのよ。もったいぶらねえ全部説明。プラグスーツ電動ドライバでネジ止めするとこなんてグッと来たね。デトロイトかよ、と。工場かよ、と。なんか日米の違いに気づきましたね。エヴァはスーツもメカも汚れてない。いつも新品同様。やっぱりなんか感性が違う。
パシフィックリムという題名の由来に感心したね。なーるほど。海溝周辺の自然災害をカイジューに見立てたわけね、と。これは監督頭のいいひとだ、とか思ったさ。
映画の進行につれて思ったさ。頭悪いぞこれ、って。相当頭悪い映画だぞ、と。
まあ怪獣大好きなひとたちにはノープロブレモなんだろうけどさあ。
なんか、気持ちわかっちゃったね。オタク男子に映画連れてかれて激怒する女子の気持ち。んー。あんま興味ないと退屈だわ、やっぱ。131分、長かったわ。「まだかなー。早く終わんねーかなー」って思っちゃった。

俺は日頃外面の美醜とかうるさくないのよ。でも思っちゃったよ。「なんだよ、このブス」って。
ぶっさいくな中国人連れてきて日本人役にした(中国人アプリオリに醜い、と言ってるのではなく、きれいなチャイニーズの方もいるだろうにわざわざぶさいくな方を選りすぐって連れてきた、の意です。念のため)のかと思ったら、菊地凛子だって言うじゃん。いや、俺よく知らないんだけどさ。日本の女優さんなんでしょ? なんでエキゾチック日本語発音なのよ。「センセエ、アリガト」なのよ。
濃い顔、濃い化粧。これにぐっと来ますか? 来るんだろうなあ。少なくとも監督は。欧米の東洋人好きのひと、ほんとこの手の顔好きなんだなあ。アーモンドアイのいかにもオリエンタル、っていう顔。

なんかよく見ると微妙に不細工で演技が薄い子役、あとで知ったよ。芦田愛菜だったんだ。どおりで記号的な作り笑顔だったわけだ。

キモオタ科学者二人組みがまた。イケてない人物像だとわかっているのに、監督の中にはどうしても自分の似姿を作品に登場させたい種類のひとがいるようだ。ジョージルーカス然り。バートン卿然り。

あの香港ヤバイ商売黒幕さんエピソードって、必要だったんでしょうか。全カットでよかったんじゃないでしょうか。

最初の五分が良すぎて、もうあとの展開およびロボバトルがだるかったなあ。何がどうなってるのか、画面がうるさすぎてよくわからなかった。トランスフォーマーとかとおんなじ、最近のCGの傾向。

と言いつつ、てらさわ先生のこんな発言聞くと「ああ、そう言われりゃそうかもな」とか思っちゃったりして。俺映画リテラシー低いからさあ。

http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20130809/E1375979457173.html

この意見↓も共感するわ。そうそう、こういうこと言いたかったんですよ。カメラ寄り過ぎだったからだよね。溜めがなかったからだよね。平板などつきあいの接写だから、わかりづらいし退屈だったんだよね。

http://eiga.com/movie/57692/review/0398288/




コメント

このブログの人気の投稿

「星を追う子ども」の感想

 いまから「星を追う子ども」という作品の悪口を言います。星を追う子どもという作品で涙を流した方、新海誠ファンの方は読まないほうがいいと思います。以上、配慮でした。  いやあ、ひどいね。ひどすぎるね。なんだろうこれ。  何を考えているんだろう。  もうね、10分が限界だよ。観るの。通して観るの。だからちびちびちびちび観たよ。何ヶ月もかかって。そんないやなら観なきゃいいじゃんだけど観たよ。  おそろしく長い悪口になると思うので最初にサマリーだけ、見出しだけ列挙しておく。  宮崎駿オマージュ、キャラクターデザイン、頭でっかち、5秒ごとに「はっ!」。マイケルベイ方式。音楽盛り上げ。長い。無駄に長い。新興宗教? 金どっから出てるのよ。新任の先生は特務機関員、と思ったら実はアガルタ研究者で元軍人で奥さんを蘇らせようとしているのだった! 厨二女子の妄想。  オマージュという言葉を最初に知り、かつそういう言葉で修飾することに何の意味があるのか? と初手から疑問を抱くきっかけになったのはデパルマのアンタッチャブルだった。既にポチョムキンを複数回見ていた俺にとって、デパルマが乳母車を階段に転がすことが引用行為であることは理解したが、なぜそれがこの映画のあの場面において引用されなければならないか、また、なぜそれが「オマージュ」と特別に横文字で呼称され、「な、これ、エイゼンシュテインへのオマージュなんだぜ。すごいだろう」と、それこそ敬意を強要されなければならないのかがさっぱりわからなかったのだった。それはいまでもわからない。  その愚行を更に低レベルでこれでもかこれでもかとリプレイしてくれたのが本作「星を追う子ども」である。  しかしどうなんだろう。宮崎駿、試写会招待あったんだろうか。これはさすがに本人も、惣流アスカラングレー同様「ぎぼぢわるい」とうめくしかなかったのではないだろうか。  もう最初から、5分と見続けることが苦痛になってしまったのだが、その原因は複数あって、まずはキャラクター造形、キャラクターデザインにある。  主人公の女の子、全然萌えない。頭でっかち、間抜けの小足で、なんだか体型のバランスが変なのだ。サザエさんみたい。それでいて顔だけはナウシカ、さつき、キキ。  パンチラを期待させるサービスカットが豊富だが、「こいつの見えても別に……」な気...

インテルグラフィックスの設定で動画の白っぽさを解消する(白っぽさシリーズ、その3 たぶん完結篇)

 タイトル通りです。  なにげにね、ほんとなにげに、さしたる予感、確信もないままインテルグラフィックスなにげにいじってみたの。そしたら、この間(かん)の懸案が一瞬で解消してしまった。   HDMIさん 、 サイバーリンクPowerDVDさん 、いわれなき嫌疑をかけていままで悪し様に罵ってすいませんでした。  悪いのはわたしの無知でした。  動画の白っぽさを、なくす。  グラフィックスビデオ設定のコントラスト自動調整を、オフればいい。  後出しジャンケンだけど、答えが出てしまえば「なーんだ」、だよね。  確かにそうだ。明暗の自動調整にノイローゼなってんなら、それ切ればいい。  いやもう、白っぽくて白っぽくて(露出不足でラボから上がってきた昔の印画紙みたい)、また瞬間瞬間に不自然に画面の明るさがディジタリーに、階段状に変わる、明らかにおかしい感じの動画、一瞬で正常化してしまったよ。 「あらこの場面ちょっと暗いわね、こんなんじゃなにがなんだかよくわかんないでしょヨッちゃん。おばちゃんがいまここちょっと明るくしたげるからね」って、パソコンの中のおばちゃんがいままで世話焼いてくれてたんだよね。  僕はおばちゃんに暇を出すことにしました。  俺ヨッちゃんじゃないし。  ノートパソコンの設定としてはデフォルトがそれっての、たぶん正解なのかもしれないね。映像ソースの再現忠実度よりも視認性。  外付けモニターの購入で小さい画面では全然わかんなかった、気にもならなかったことが見えてきた。一挙にアラが見えるようになってしまった。デカい画面という、そういう「量」が「質」のこと炙りだすのってなんかこうあれだよね、示唆するものがある。  この間の死闘、暗闘は消耗したがしかしまたその分得ることも実に多かった。いままでそこらへんの知識まるでなしにパソコンで動画見てたんだよね。実に十年間くらいはおかしな設定の変な色、明るさのままで。「きったねえなあ」ってぶつぶつ文句言いながら。  グラフィックスのビデオ、調整できるパラメーターは他にもあるので、まだまだ勉強すべきこと、更なる発見、正解があるはずである。しかし、懸案の巨大な山はひとまず乗り越えたんだと思う。  しばらくは精神の安定を取り戻せそうで一安心である。 * * * ...

アンディーウィアー「プロジェクト・ヘイル・メアリー」Project Hail Mary by Andy Weir

[プロジェクトヘイルメアリーをこれから読む方へ] 早川書房の訳書上下巻(少なくとも電子版は。紙の方もたぶん)、冒頭に二葉「挿し絵」があります。それ、見ないように、読まないように。ネタバレだから。なるべく見ないようページをめくり、文章から、本文から読み始めることをお勧めします。 さて。以下の感想もヘイルメアリー及び三体三部作のネタバレです。  12月初めにツイッター経由で本書の存在を知り直ちに購入。アンディーウィアーの前作に惚れ込んだ身からすればこれが面白くないはずがない。そしてやっぱり面白かった。期待以上に面白かった。年末年始のお楽しみにしようと思っていたら面白さのあまり今日大晦日に、年内に読了してしまった。 来年、これを超える作品に出会えるのか? はなはだ疑問だ。 もちろん今年度最高傑作。死神永生を超えた。死神永生に圧倒されながらもなにかしら物足りなさを、胸のつかえを感じていたその胸のつかえを一気に洗い流してくれる快作。そう、快作。こころよいのだ。心地よいのだ。爽やかな感動。 終章に至るまでの科学的ギミックをなにひとつ理解できなかった者でも、ただ読み通す膂力さえあればこの感動にたどり着けるはずだ。だってこれは友情の、人情の物語。12光年を股にかけた男の熱い浪花節だから。 黒暗森林で俺達はこの宇宙の現実を叩き込まれた。渡る宇宙は鬼ばかりだと。ともかく誰かが、何かがいたら、考えるな、すぐに引き金を引けと。その殺伐とした宇宙の公理を超克する大団円の展開があるかと期待した我々が死神永生で見たものは……これ以上は語るまい。 そう、プロジェクトヘイルメアリーは「三体」へのアンサーソングなのだ。俺たちには絶望しかないのか? 俺たちはただ生きんがために屠り合うしかないのか? 相手の技術爆発を恐れ猜疑連鎖の地獄を彷徨うしかないのか? アンディーウィアーはひとつの回答を示した。黒暗森林理論を無効にする超理論、新理論。それは友情だと。人の情けだと。 甘ったるい砂糖菓子のような結論か? しかし作者の筆致はそれを十全に説得力ある形で俺たちに叩き込んでくれた。溢れる感動と共に。 この師走に丸々一ヶ月かけて俺は12光年を亜光速で旅し、ウィアーの結論を身を持って体感したのだ。 ウィアーは決して現実から目を逸らして夢ばかり見ているわけではない。ストラット(彼女は面壁者の地位を獲得...