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 人間は良くも悪くも「物語」がないと生きていけない動物である。昭和という時代は間違いなく大きな「物語」だった。それが終わる頃、宮﨑勤事件が起きた。これは象徴的である。
 私はこの見方に従って斎藤に「殺された女の子はたまったものではありませんが、宮﨑は昭和に代わる『物語』を自分の頭のなかでつくろうとしたんじゃないでしょうか」と聞いてみた。

「いえ、逆に透明すぎる世の中だから自殺が増えているのではないですか。いまの社会は十年後の自分が見通せるでしょ。だから逆に希望が持てなくなってしまう」
 意表をつく答えだった。だが彼女が言う通り、インターネットの普及などによる見通しがききすぎる世の中の到来は、逃げ場のない社会を出現させ、簡単に絶望を招く温床になっているとはいえる。

 新山はこの島の人びとは普段から死のイメージトレーニングができている、だからこそ自殺を忌避するのだろうと言う。

「名前をあげていいのかな。例えばうちでもわからない病気があって、聖路加病院に紹介するケースがあるわけですよ。聖路加は八〇パーセントが個室で、大部屋は二〇パーセントしかない。
 で、生活保護受給の患者さんなんですが、と言うと、それだけで断ります。もう全然クリスチャンなんかじゃない(笑)。だいいち、あの(聖路加病院理事長兼名誉院長の)日野原(重明)先生っていうのは、なかなかの商売人なんですよ(笑)。
 あの病院には高級マンションが隣接しています。前総理の母親の鳩山安子さんがいたところです。病気になったら、優先的に病院の個室を提供します、というのが、あのマンションの売り文句です。でも死ねばその権利はなくなる」
 腹の中では聖路加は貧乏人を相手にしない病院だと思っていても、ここまではっきりと口に出して言う医者は、会ったことがない。日野原は医学界では "聖医" とまであがめられる存在なのである。
『昭和の終わりと黄昏ニッポン』 佐野眞一、2011。


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