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009 RE:CYBORG

 錦糸町の北口徒歩5分のとこにそんな施設が出来てたなんて全然知らなかった。駅前の楽天地じゃなくて東宝シネマズはそのなんとかいう巨大商業モールにあるのでした。
 映画館久しぶりだな。十年ぶりくらいかな。最後に観たのたぶんマトレボだな。
 ぷらっと行って当日券買おうとしたら2時からの回は3D上映、通常上映は4時からとか言われて、2時間時間つぶすのもやだからいやいや3D観たわ。当日券1800円プラス3Dメガネ代400円、合計2200円。こりゃ大変だわ。映画、一大レジャーだわ。映画一本観るの、一大決心だわ。そりゃみんな行かなくなるわ。俺も十年観ないはずだわ。業界、自分で自分の首絞めてるわ。自業自得だわ。ザマーミロだわ。
 これが更にデートなんてことになったらメシ代(千円)プラスお茶代(300円)おごり(×2)で7000円。そら男子草食化しますわ。彼女を持つ、なんて、車を持つ同様維持費かかり過ぎますわ。

 映画は結構面白かった。
 以下、「009 RE:CYBORG」の感想です。

http://009.ph9.jp/




 うん、結構面白かった。未完の天使篇(石森先生っていまだご存命中なのかなあ。調べりゃわかっけどいいや知らなくて)に対するこれが神山健治監督の回答(RE:)なわけだ。うん。結構良かったんじゃないかなあ。
 説明臭さ全開の大人バー会話に「ああもうだめだ駄作だ2200円プラス交通費損した」と絶望しかかったけど、あとはもう映像、作画、話の面白さの力でグイグイ見せてくれた。キャバ嬢寸前だけど003フランソワーズモレシャン(なんかそんなような名前だよね確か。いいやどうでも)エロさ全開で登場。もうこれでつかみはオッケーよ。
 神山という人はオマージュが上手だよね。デパルマのようなオマージュのためのオマージュではなく、ちゃんと見せたい話がまずあっての上で、じゃあそれを見せる上で既存にいいブロックが、部品があったなら遠慮なくそれいただき、というやり方。これは盗用ではなく、「いろんな映画をよく見て勉強している」というふうに理解してあげていいのだと思う。マトリックスでウォシャウスキー兄弟が見せたやり方。時代直近のクールな文法を遠慮なく借用する。
 この哲学、演出面においてだけでなくお話の構築においても遺憾なく発揮されている。すなわち軍事戦略における毛沢東理論の活用。後述。

 天使篇への回答として神山監督が掲げたのはこういう解釈だった。
 統合失調症(旧称、精神分裂病)=「彼の声が聞こえる」=宗教=俺が不幸なのはあいつらのせいだ=あいつらさえ除けばすべてがよくなる=陰謀脳=インシュージアズム=ホロコースト=ジェノサイド=ハルマゲドン願望。
 映画化することにタブーが多いだろう材料を、アクションエンターテインメント化することで巧妙に乗り越えている。むしろぬけぬけと226、911、「アメリカが」「イスラエルが」なんて固有名詞で言っちゃうことで、逆にリアリティーが薄れ「ああお話なんだな、マジじゃないんだな」と了解できる演出上の効果を得ている。
 ジェットが保安ビデオを見て愕然とするシーン。あれを観ていま頃気がついた。イノセントのあのシーン(コンビニ)って、ああ、なるほど、通り魔の話なんだと。イノセントもこの映画同様、「統合失調症の映像化」だったんだ。脳をハックされることによる記憶の変造。行動の乗っ取り。
 ハックする主体は何か。この映画ではその主体が幻影ではなくして実在している、という設定をとる(なんと言ってもその使いの骨まで出土してんだから、ほんとにいた、っちゅうことでしょう)。ではその主体、イコール「神」は、なぜそんなことをするのか? サイボーグ戦士たちは捨て身で戦った結果その結論にたどり着いた。神は我々をためしたのである。生かし続けるに値する生物かどうか。
 そして神は、むしろ人間代表としては肉体に欠損を持つ彼らを嘉し、祝福(=奇跡。死者の復活と水上歩行描写はその象徴)をもってサイボーグ戦士の勇気に、自己犠牲(島村くんがその刹那大仰に手を拡げ神に訴えるのはたぶんクルシファイの暗喩)の精神に応えた。……って感じじゃないスかねえ。話の流れとしては。全然違ってたらごめんなさい、神山監督。


 004、いちばんカッコ良かったねえ。全身武装のドイツ人って、もろシュトロハイムじゃないスか。
 服を突き破り露出する筋肉(ハルク)、ギルモア博士の造形(攻殻。4課だか1課だかのえらいひと)。美女を救うロープワーク(ターザン、メイトリクス)、悪魔に乗っ取られた政府中枢、巨大企業、戦略爆撃機、攻撃型原潜(漫画版デビルマン)。本部施設を強襲する歩兵一個大隊(人狼、エヴァ)。星になる二人(原作)。映画に、漫画に詳しい人ならもっとたくさん見つけるだろうけど、やはりなんといってもいちばんの大ネタはラストのポニョオマージュ!
 これは神山監督のポニョ批評でもあるのかもしれない。変だよ、と。おかしいよ、と。
 俺のこのラストがおかしいっつーんならポニョだっておかしいだろうよ。あれ、みんな死んでるにきまってんじゃん。俺より先にまずポニョを、大御所を、宮崎を批判しろよ。そういう意地悪い意図の演出なのではないだろうか。
 考えすぎでしょうか。

 攻撃型原潜の多弾頭一斉攻撃に対しギルモア軍団の取ったオプションが素晴らしい。
「ドルフィン三世号、発進!」とかじゃあマンガ映画になってしまう。兵站、武器を自前で準備する正規軍のオプションをギルモアは取らない。米海軍イージス艦の奪取。天才軍略家毛沢東の戦術、「武器も糧秣もすべて前線にある」を彼は援用する。敵の武器で敵を叩く。小規模の独立愚連隊に縮小したギルモア財団のとる戦術としてまったく現実的かつ有効なオプションに他ならない。
 そしてこの最高に盛り上がる場面であのイカれた制服! もう大爆笑。でも、「そこがいーんじゃなーい!」。確信犯というか、歌舞伎なんですよ、様式美ですよ、心意気ですよ、という。明らかに戦闘に不向きな長いマフラー。しかし観客はもちろん「いよっ! 待ってました!」「石森屋!」。このリアリズムと大馬鹿演出のほどよいブレンドは大成功していると俺は見たね。少なくとも俺は快哉を叫んだね。

[駄目だったとこ、おかしかった、変だったとこ(結構あった)]
・バーの説明会話、リアリティーなさすぎ。といって符牒濫発のハードボイルド文法にすればそれはそれで三流スパイの田舎芝居になるからNG(例:「ポトマックの桜はもう咲いたのか?」とかね。)
 会話って通常「第三者にもわかるようにと一生懸命意識してそう話しでもしない限り第三者に容易に了解できるものにはならない」のだから、そういう自然な会話にしてほしかった。あれじゃあまるで「俺って、俺たちって、国際紛争の最前線で世界をまたにかけて諜報戦を戦ってるエリートエージェントなんだぜ。難しいこと、世界の真相、マスゴミの伝えないこと、たくさん知ってんだぜ」と聞こえよがしに放言してる痛い人、南千住の炉端焼き屋やインターネットにたくさんいるかわいそうなひとたちじゃないですか。
 007の造形がまさにダブルオーセブン、原作のコミカルなひとでも子どもでもなくアダルトにスタイリッシュなのだから、そこらへんのリアリティーは尊重してほしかった。説明会話にしたところでどのみち複雑すぎて観客置いてけぼりになるのだから。
・リーダーとして温存するために記憶を消して27年間高校生活を続けさせた……意味不明。それってベストのオプション? 本部で経理とか賄いとかしてもらっててもよかったんじゃないでしょうか。
 高校生27年もやらされてたらそりゃ変な声聞こえてきちゃうよ。ギルモア博士、もうちょっとまともな方法考えてやれよ。「悪かった。苦労をかけたな」じゃ済まねえよ。
 本人の脳は操作できてもだいたい周囲が気付くし。ガッコ変えても。「島村くん久しぶりィ。え! まだ高校行ってるの!?」
 その間加齢が停止するメカニズムもよくわかりません。「高校生としとらない」設定?
・核爆発。ジェットにまかせておけば阻止できたのにわざわざ邪魔してドバイの人らみんな死んでそんでもって自分は特殊能力で逃げ延びてって、島村くんサイテー。最近こういう「誰得」行動をする映画が多いような気がする。世界中の演出家が「彼の声」でも聞いちゃってるのでしょうか。
 ジェットの奮闘むなしくミサイル発射! と思いきやテレポートした島村ジョーからくもそれを阻止! という通常、王道展開でも良かったのではないでしょうか。まあ、中盤で一発は爆発させる、というのが既定であればしょうがないのですが、演出、もうちょっとなんとかならなかったでしょうか。
 あそこで「アメリカガー」「ニホンガー」と突然二人がニホン代表、アメリカ代表と化し国を背負っちゃうのが変。すごく変。こんなやついねえよ。ふつーそんな会話しねえよ(という俺の感想はもちろん間違ってて、ネットは国をしょったインスタント国士で溢れかえっているのでした。そりゃ神ならずとも絶望するわ。作りなおそう、とか思うわ)。
・コールドスリープの解除、符牒とか決めときゃよかったのに。ぶん殴って目ェ覚まさすって、そんな。
・「僕も聞いたんです。その声を」言われた途端レーザービーマーはないんじゃないスかねえ。乱暴だよ。話聞いてやれよ、博士。
「面白い。詳しく聞かせてくれないかね、ゼロゼロナイン」
 と穏やかに言いつつ机の下でビーマーの照準を合わせる、というのならありだと思うけど。
・ジェットは「マンガの髪型マンガの顔」じゃないんだから、島村くんも思い切って短髪でよかったんじゃないですかねえ。あの髪はうっとおしいよ。変だよやっぱ。
・ドーリーな肢体にキャバクラ衣装、そしてあの顔。エロくてよかったっちゃあよかったけど、リアルドール、ラブドール寸前なんだよな。顔はせめてもうちょっと萌え要素入れてよかったんじゃないかなあ、フランソワーズモレシャン(これは後日気づいたのですが、なんと人物もCGなのでした。道理でドーリーだわ。萌え難しいわ。不気味の谷問題そりゃ発生するわ。
 書店のCGworldで知りました。表紙が009)。
・しゃべるときのジェスチャーがなんか大仰に芝居臭い。輸出仕様だから? とか思ったら、前項でも触れてますがなんと人物も3DCGなのでした。気づかなかった。そういう意味ではCGもずいぶん進化したのですなあ。

・俺は別に残念には思わなかったけど、日本初のやおい描写(ジェット、ジョーを抱きしめて大気圏突入)再現を期待していた筋は「た、大気圏外に二人が出たのなら当然!」と股間を熱くしてそして肩透かしを食らったのだろうと思う。
「なんでわたし少年漫画を見ながら……」と、当時あれを偶然読んだ昭和のすべての少女が股間をぐしょぐしょにしてしまった、石森版ヰタセクスアリス。


[良かったとこ]
・ジェットの拘引と大統領執務室の描写。これですよ。この演出ですよ。饒舌にせず映画なんだから絵で見せる。大統領執務室にありがちな描写の全排除。冒頭のバーもこうしてほしかった。
・007が天使を見たあと轢かれるあの間合い。「ゴン!」。
・なんかそれっぽいこと言ってっけど、聖書にこういう文言はないね。っていう001のセリフがすごくいい。本物の教養は財産、戦力となる。与太はその前で力を失う。
・「あ゛~、もーしんぼたまらんっ!」ちゅて高校生に飛びかかる黒下着のモレシャン。大爆笑。肉食女子の強力な性欲を描いた今日的描写ですなあ。島村くん、「ま、しょーがねーか? ずいぶんほっといたんだし」な、あんま気のない感じ。
・009の映像化というといままで「原作に忠実に」とかいうマンガアプローチしかなかったわけだけど、「考えてみりゃさ、名前からして007からの着想なわけだよねえ。だったらいっそのこと、もうまんまダブルオーセブンオマージュってのもありなんじゃない?」っていうのはコロンブスの卵。結果大成功。アダルトでリアルでスタイリッシュ。このフォーマットでのシリーズ化、ありだと思う。神山監督は次作をもっと面白くできると思う。

 整合性を欠くおかしな点が多々あるにもかかわらず総合得点で高得点を叩きだしてしまうのはまぎれもなく神山監督の実力であろう。会議でいいアイディアが量産され、しかしそれを十分に練り上げられないまま製作に突入、みたいな感じなんじゃないだろうか。納期に間に合わない完璧主義の芸術家より、不備はあっても納期に納品できる職人、戯作者として神山氏は有能であるのだと思う。

関連資料:最新アニメ映画、『009 RE-CYBORG』の神山健治監督にインタビュー! 作品に託した熱い想いを語る!

 あぶねえあぶねえ。押井守が撮ったらえらいことなるとこだった。信者激賞、ふつうのひと退屈で狂い死に。

 初めてのスリーディー鑑賞。……映画世界に入り込むとさあ、関係なくなるんだよね、立体に見えてるかどうかなんてのは。むしろそういうことが気になって気が散る要因でしかないって感じ。
 俺はもういいや。3Dは。


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