宮本はあるとき、農業指導にたずねていった北河内郡の被差別部落の区長からこんな話を聞き、いいしれぬ衝撃を受けた。縁側に腰をおろし、戦況について雑談をしていたときだった。区長は突然、こういった。
「私たちはね、本当はこの戦争は日本が勝ってもアメリカが勝ってもどっちでもいいと思っているんです。日本がおさめようが、アメリカがおさめようが、下積みであることにかわりはないのですから」
宮本は敗戦を説き回ってはいたが、アメリカに占領されてもいい、と公言する日本人に出会ったのはこれがはじめてだった。
宮本は自分のなかで区長の言葉を何度も反芻し、これはこの人一人の問題ではない、日本全国には何百万、あるいは何千万というほど下積みの生活を強いられ、自分たちの意志でないことのために働き、しかも報われることのない人々がいるのだとあらためて思った。
『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』 佐野眞一、1996年。
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